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プロフィール

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安田ヨウコ
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職業:
アレクサンダー・テクニーク教師
趣味:
アレクサンダー・テクニーク
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レインボーラボの安田ヨウコです。
アレクサンダー・テクニークのレッスンや、バッチフラワーのセッションなどを通じて、セルフプライマリーケアを提案しています。

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こんにちは。安田ヨウコです。

今日は考えを一つ吐露するよ。(笑)

正直に言えば、


「わたしは毎日をどのように過ごすかを、ほんとうなら突き詰めたい。」


と思っている。


だが、この一文に書いた思いは、我ながら疑問がたくさんつまった「なんだかはてな?」なことなのだ!!!!


「突き詰めたい」っていうけど、毎日毎日そんなことしてられるかーーーーーーっ!?と思う。


でも、毎日は今日の積み重ねなのだから、気が遠くなるほどの沢山ではなくて、いつも今日のことだけでいいはずだ。


では、何年間も毎日毎日なにかを続けることができる人のことを、なぜ私はすごいなぁーと思うんだろう?


なんで自分はそれができないんだろう? 


いや、私だって毎日毎日していることもある。でも、そのことは、突き詰めてやっているか?というとそうではない。
そうか。きっと「どのように過ごすか」のところを、やった「こと」に分解してしまうとわからなくなるのかもしれない。(過ごすというのは、やった「こと」の総計ではないような気がする。空間をダークマターが埋めているように、過ごすということもやったことの他の何かで埋まっているのではないだろうか。)


「突き詰めたい」って、ぽろっとでたけれど、

じゃあ「突き詰めたいのかおまえはっ?!」
と詰め寄られたら、「いや~、どうかな?そうでもないかな?」なんて思う。

突き詰める」の字を見ていると、出口なしの心太突きという感じがする。
だが、言わんとしていることは、「心太をいちいちスルっと突きたい」ということだ。
力はそんなにいらない。
ううむ、
「ほんとうは突き詰めたい」の部分がだんだん疑わしくなってきてしまった。

書いていて思うに、たぶん、平たく言えば、
「突き詰めたい」は吟味して納得していたいということかもしれない。


「そう。」っていう感じ。


しかし、当たり前だが、日々は、
「そうか?」や、「いや?」や、「ちがう!」や、「・・・・・」など、
そんなことに溢れているのだから、なにをもって「吟味して納得」なのか怪しい。


今日を、どのようにだって過ごせばいいし、なにも考えなくても、過ごしちゃってるし。


はは~ん、
もしかしてこれは「ほんとうはこうしたかった病」なのかもしれない。

そして、ほんとうは、私は

「ほんとうにこうなのだ!」


と言って、胸を張って生きたいのではないのかな?!?な?な?

だったら、そうすればいいじゃないか。

(そんなに、ほんとうでない日々を送っているのか?オレは????)


<終わり>

ほんとうにこうなのだ!!と言いたい

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